高句麗(こうくり、紀元前37年ころ - 668年)は、満州から朝鮮半島にかけて存在した扶余系民族とその国家名。隋煬帝、唐太宗 (唐) 太宗による遠征を何度も撃退したが、唐と新羅による連合軍に滅ぼされた。
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colspan="2" 三国時代の地図、5世紀終わり頃
title=高句麗
alphabet-type=英語
alphabet=Goguryeo
hangeul=???
hanja=高句麗
katakana=コグリョ
高句麗は扶余系民族が建てた国で鴨緑江周辺で農耕を主としてその他に牧畜・狩猟を生業としていた。高句麗の名称は「大きな都城」の意味であるらしい。
高句麗は後継の渤海 (国) 渤海と同じように朝鮮民主主義人民共和国 北朝鮮・大韓民国 韓国と中華人民共和国 中国の間で高句麗史はどちらの歴史に帰属するかについて論争が起きている。中国社会科学院は中国東北部の少数民族の歴史研究プロジェクト、「東北工程」を2002年より開始し、2004年に北京政府が高句麗は自国の地方政権であるとの認識を打ち出したところ、韓国から激しい反発を受けて外交問題に発展しかけた。(詳細は、高句麗問題)